18. エンパワーメント

クリニックを発展するためには院長が仕事を一人で抱えこまないで部下に権限委譲することが必要とお話ししてきましたが、ここでは権限委譲=エンパワーメントについて私の考えをお話させていただきます。

■ エンパワーメントとは

そもそもエンパワーメントとは、組織の構成員の一人ひとりが実力をつけるということです。企業を経営する上では、組織としてのパフォーマンスを最大化するために、現場に権限を与えて従業員の自主的・自律的な行動を引き出す支援活動を指します。
クリニック経営を実際に行ってみると、この仕事は院長である自分がやるべきだとか、院長としてこの仕事は持っておきたいと考えてしまう業務が多く、いつまでたっても多くの仕事をスタッフに任せることができないのが実情です。開業間もない頃の自分自身を振り返っても、「この仕事をスタッフに任せたい」と思っても、スタッフの仕事ぶりを見て「やっぱり難しいだろうなぁ…」と考えて諦めてしまうケースが多々ありました。
その中で気付いたことは、一足飛びにある仕事を丸投げするべきではないということです。成長の階段を一歩ずつ上がっているスタッフには、一段上の階段を任せる必要があるのです。ちょっとハードルを上げて実際にやらせてみて、それを自分がしっかりと見守り、足りないところはフォローしてあげることが大切なのです。ここで、「こんなことするくらいなら自分でやってしまった方が早い…」と先を焦ってはいけません。長い目で見て、その仕事をすべて任せられるようになれば、その時間は何倍にもなって自分のところに返ってくるのです。

つまりエンパワーメントとは、仕事を丸投げするということではなく、その仕事を任せて、スタッフが成し遂げる過程をしっかりと見守るということです。私は自分でやっていた仕事の一部をスタッフに任せることができるようになりました。よって、院長である私にしかできない出版の仕事に時間を使えたり、趣味であるマラソン大会に参加できたり、クリニックの組織としてのレベルアップを図るためにスタッフのマネジメント業務に時間を割くことができるようになりました。

クリニックが発展し、組織として大きくなればなるほど、院長としてするべきことが増えてきます。入出金の管理や鍵の管理、薬剤等の管理…そういった細かいことまですべてを院長がやっているクリニックでは、組織としての発展に限りがあると考えます。開業当初はまず自分でやってみて、業務内容を把握できたら少しずつ現場スタッフに任せていくようにすると良いと考えます。任されたスタッフは、責任を持つことでやりがいを感じるとともに、その業務を深く学ぶ機会を得、確実に実力がつきます。そして、仕事を渡した院長自身は、例えば、業績の分析など自分が不得意とする経営について学び、今後の経営計画を立てる時間を持つことができます。
このような分業体制を敷くことによって、組織力はより強固なものになり、将来を見据えた経営も行えるようになるでしょう。

エンパワーメント

■「比較優位論」より院長がなすべき仕事

ですが、実際に「そうだ、私もエンパワーメントをしよう…」と思っても、「この仕事は自分にしかできない」と思える業務が多いのではないでしょうか。しかし、本当にその仕事は院長にしかできない仕事なのでしょうか?客観的に考えれば、院長にしかできないと最も思われる診療だって、代診を立てれば行えるのです!
私は常に自分の仕事をリストアップし、「本当に自分にしかできない仕事かどうか?」「ほかのスタッフに任せることができるのではないか?」という視点でチェックするようにしています。イギリスの経済学者・リカードが著した『比較優位論』にもありますが、優れた人が全部やるやり方だと、組織としての業績は落ちます。優れた人はより付加価値の高い仕事に注力する組織が、成果を出すことのできる組織なのです。
比較優位に関しては、相対性理論を発見したアインシュタインとその秘書に例えた話がよく用いられます。アインシュタインがタイピングなどの秘書業務も誰よりも早く確実にこなせるとします。それでも、アインシュタインにその業務をさせようと思う人は誰もいないのではないでしょうか。秘書を雇ってタイピング等の業務を任せ、アインシュタインは研究業務に専念すべき、と誰しも考えると思うのです。それは、アインシュタインにはタイプを打つより物理学の研究をしてもらった方が総合的に大きな成果が見込めるからです。アインシュタインがタイプライターを打つのに夢中になって研究をないがしろにしていたら相対性理論は完成しなかったとしたら、それは人類にとっての損失です。

これをクリニックに置き換えると、アインシュタインは院長であり、スタッフは彼の秘書です。院長が自分の方が得意だからと何でもかんでもやってしまうと、クリニックとしては大きな損失を重ねていることになりかねません。
いかがでしょう?組織のエンパワーメントについて少し参考になったでしょうか?

なすべき仕事

⇒次回は「19.スタッフ教育」
※2017年に執筆開始をしたコラムに加筆修正をしたものです。

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