3. 開業地選びの重要性―私の失敗から

■どこで開業するか

開業をされるドクターが決定しなければならないことの中で、一番重要と言っても過言でないこと。それは【どこで開業するか】です。

現に開業を志したドクターなら、クリニックをどこに構えるかがいかに頭を悩ませる問題か、よくお分かりのことと存じます。
何しろ、いったん開業してしまったらもう後戻りはできない、簡単に違う地に引っ越しするわけにはいきません。また、クリニック経営が成功するかどうかも、開業地の選定が大いに影響します。ですから、開業地の選定は開業医となるための大きな山場と言えます。

かくいう私も、開業地探しでは大きな失敗をしています。
失敗の大きな原因は「競合するクリニックがなければそれでよい」という浅はかな選定基準で開業地を探し始めたことです。
自分が好きな阪神地区にクリニックを構えようと漠然と考えていました。探し歩いて最初にこれはと思った物件は難波にありました。その物件は、駅からも近い商業エリアにありフロアは1階。しかも、同じエリア内に私が開こうとしている耳鼻咽喉科クリニックは少ない――と好条件です。私はこの物件に飛びつきました。他に奪われては大変と即決し、その場で交渉し保証金数百万円を入金したのです。
しかし、家に帰って競合クリニックの少ないその商業地の年齢別人口分布を見てみると、お子さんが少ないことに気づきました。私の専門領域である耳鼻咽喉科の患者さんにはお子さんが多いのです。よく考えれば難波は商業地なのですから子どもが少ないのは当たり前です。
しかし、好条件と思えた物件を目の前にのぼせ上がった私には、冷静な判断が欠如していました。
多少妥協して難波で開業するか、それとも数百万を棒に振るか――、言葉で表すことはできないほど悩みました。自宅からの通勤時間が長いこともデメリットでした。
結局、「どこで仕事するのが自分にとって幸せなのか」そのことをもう一度見つめ直し、難波では開業しないと決断しました。こうして私の開業地探しは振り出しに戻ったのです。

こんな私の経験を基に、これから開業をされるドクターへのアドバイスをお伝えしたいと思います。業者さんとの打ち合わせなどは、家の中でも済ませることができますが、開業地選びに限っては皆さん自身が足を運んで、現地を見て歩く必要があります。とはいえ、やみくもに歩き回れば良いわけではありません。

そこで、限られた時間で効率よく開業地を探すポイントをお伝えしたいと思います。

■開業時パートナーとの意思疎通を図る

1.開業時パートナーを作る

前回、仕事上の良いパートナーを選ぶことが大切だとお話ししました。
開業するに当たっても、希望や想いを理解してくれる信頼のおける開業コンサルタントなどのパートナーを得ることは重要です。開業を志すと言ってもその時点ですぐに仕事を辞めることはまずないでしょう。勤務医として働きながら開業準備に当たることになるわけですから、自分一人で物件探しをするのには限界があります。

2.良き開業時パートナーとは?

そのような場合、物件のピックアップは開業コンサルタントなど開業に当たってのパートナーに行ってもらい、休みの日に実際に自分の目で確認するという方法を取りましょう。そうすれば効率よく開業地選びができます。また、プロの目で客観的に物件を見てもらうことで、自分の見落としを正してもらうことも可能です。私のような失敗をしなくても済むわけです。

ただし、この場合に最も重要なことは、ドクターの考えや希望をよく理解し、親身になって手足となってくれるパートナーを探すことです。注意が必要なのは、自分の利益のために斡旋をしている開業コンサルタントもいる点です。あなたの考えや希望を真に理解し、同じ目線で物件探しをしてくれるパートナーを選んでください。
既に開業された先輩に紹介してもらうのも一つの方法ですが、先輩に紹介されたからという理由だけで選ぶことは控えましょう。自分と相手との相性もあります。パートナーを選ぶ段階で妥協があってはなりません。
開業地選定だけでなく、開業するまでの全てのステップにおけるキーパーソンとなるのが、この開業時の良きパートナーです。

開業時パートナーとの意思疎通を図る

■開業地とするエリアの検討

1.開業エリア選定

開業コンサルタントなどに伝える希望の中で最も重要なポイントは、開業地のエリアです。インターネットを利用して物件情報を見たりすると、どうしても物件の売価や賃料、建物面積などの具体的条件にばかり目を奪われてしまうでしょう。しかし、個別の物件情報はひとまず脇において、まずは開業エリアの検討を行いましょう。
 まず、生まれ育った地元の町、開業するならと憧れていた町、あるいは先輩の開業医から勧められた町、開業コンサルタントに勧められた町――など、自分の希望・知識・経験などからいくつかの候補エリアが絞りましょう。その上で第一希望から序列をつけることをお勧めします。「○○区内」「○○市内」「鉄道○○線沿線」「国道○○号沿線」程度の単位でエリアを絞りましょう。

2.開業エリアの情報収集

次に行うのはそのエリアの情報収集です。ここでも片腕となってくれるのが開業パートナーです。エリア内に、駅はもちろん、ショッピングセンターやスーパーマーケット、公共施設など、人が集まるスポットがないかを地図上で確認します。また、人の流れを妨げるような大きな建物や川、高速道路などの位置を把握することも忘れてはなりません。さらに、当然のことですが、競合となりそうなクリニックや既にある調剤薬局の位置などもしっかりとチェックしておきましょう。皆さんの「顧客」となるのは、健康に不安のある患者さんです。患者さんが通いやすいことがリピーター獲得への近道、クリニック経営成功の鍵です。

ここで重要なのは、エリアの候補がいくつかに絞れたら、その地域の雰囲気やムード、行き交う人々の性別や年齢層、活気などをご自分で確かめることです。現地に行かなければ分からない情報もたくさんあります。開業コンサルタントに任せきりにしないで、ご自分でも積極的にそのエリアを歩いてみてください。

開業地とするエリアの検討

■物件の選定

ご自分でいくつかの開業エリアの候補地を歩いてみると、自ずと気持ちが強く惹かれるエリアが出てくるはずです。ピンと来たエリアが見つかったら、そのエリア内にある物件を見ていきましょう。開業パートナーからの情報提供やインターネットの医療用物件案内サイト、地元の不動産さんからの資料などを検討します。ご自分の望む診療やクリニック経営が行えるか、じっくり吟味します。

具体的なチェック項目は以下です。

  • ①診療にふさわしい広さか
  • ②誰にでも分かりやすい場所か
  • ③交通の便はどうか
  • ④駐車場はあるか(近隣で借りることができるか)
  • ⑤水周り・空調などの配管取り回しに問題はないか
  • ⑥大型検査機器に対応する電源が引かれているか
  • ⑦機器搬入経路は確保できるか
  • ⑧周囲の環境はどうか

そして、当然ですが適正な売価あるいは賃料であることも重要です。また、同じような条件の物件との比較も行ってみましょう。

■「診療圏調査」による来院想定患者数の分析

「これだ!」という物件が見つかったら、「診療圏調査」を行うことをお勧めします。
診療圏調査とは、そこで開業した場合にどの程度の患者数が見込めるかを分析するためのツールで、市役所などで公開されている国勢調査や患者調査などの統計調査を基に作られています。
診療圏調査の一般的なプロセスは以下です。

●開業予定地から来院患者が見込める診療圏を設定する

●人口データをもとに圏内の人口を推計する

●圏内の疾患別の受療率から圏内の総患者数を算出する

●競合クリニックと自院の競争率バランスから来院見込み患者数を推測する

皆さんが自ら行うことも可能ですが、少々専門的であり時間もかかるので、開業パートナーとなった開業コンサルタントなどに依頼することをお勧めします。ちなみに不動産業者でも行ってくれます。
おおよそ以上のような行程で開業地を選定します。
一度で決まらない場合も少なくありません。これだ!と思って診療圏調査を行ったけれど、結果は十分とは言えず振り出しに戻ることもあります。開業を決意すると一刻も早くとはやる気持ちはもっともですが、ここはじっくり慎重に決定してください。

⇒次回は「4.異業種からの学び」
※2017年に執筆開始をしたコラムに加筆修正をしたものです。

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