28. クリニックの法人化の是非

開業医(個人経営)のままでいるか法人化するかという選択は、開業時の借り入れの返済が完了したとたんに手元に残るお金が一気に増えると、現実味を帯びてきます。私は開業時の借り入れの返済が終わったころに「分院を設立したらどうか」という話が持ち上がり、クリニックの法人化を決めました。なぜなら、個人の開業医では分院がつくれないという法律の縛りがあったからです。
まず、法人化のメリット・デメリットをおおまかに整理してお伝えし、私の考えをお話しさせていただきます。

■ 法人化のメリット

1.事業展開の可能性が拡がる

①クリニックの財政と家計が明確に分かれるため、クリニックの財政状況や経営成績が明確に把握できる

②個人経営より社会的信用度が高くなり、金融機関からの融資やスタッフ募集などの面で有利である

2.介護・福祉事業への参入ができる
3.分院が開設できる(他の医師を管理者としておくことが必要)
4.医業の永久性を確保し、事業承継がスムーズになる
5.節税対策となる

法人化のメリット

■ 法人化のデメリット

1.代表(理事長)と言えども財産権がない

①退職時における持分払戻請求権や法人の解散時における残余財産分配請求権がない

②法人に蓄積される留保利益は、代表(理事長)に帰属しない

2.運営や管理が複雑になる

①病院会計準則に準拠した決算書の作成が必要である

②法人税申告書の枚数や内容が開業医より複雑なので、税理士と契約することが不可欠となる

③毎年決算終了後3カ月以内に、都道府県知事に事業報告等提出書の提出が必要である

3.資産の総額の登記と都道府県知事への登記事項届の提出が必要である(毎年決算終了後)

4.法人機関としての運営(法令・定款に遵守した運営)が必要である

5.増税に働く場合もある

①開業医は業務上必要な交際費等は全額が必要経費として認められるが、法人は損金算入に制限がある

②赤字であっても法人住民税の均等割の納付義務が生じる

法人化のデメリット

■ 法人化には専門家のサポートを活用

私がクリニックを法人にしたのは、法人化しなければ分院を開設できないという医療法の定めがあったからです。また、老人保健施設の開設を考えるのであれば、それも医療法の規定から法人化しなければならないことになります。また、何も分院や老人保健施設の設立を考えなくても、クリニック経営が軌道に乗り、患者さんがたくさん来てくださって、資金に余裕ができた時には、法人化を検討する余地があると考えます。

一般的には医業収入が年間1億円前後になった時点で、節税のために法人化を検討したほうが良いとされています。どのくらい節税になるかは、クリニックの規模やスタッフ数によってかなりの差が出ます。借入金の返済で余裕がない場合は、一律に取られる法人税の負担は大きいかもしれません。そこで、クリニックの法人化に詳しい税理士に相談し、シミュレーションしてもらうことをお勧めします。

仮に法人化をするとなれば、法人税申告等は税理士に依頼することになりますので、医療法にも精通した税理士にお願いし、ご縁を作っておくのがよいと考えます。なぜなら、税理士にも得意不得意の分野があり、すでにクリニックの顧問をしている方だからと言って医療法に精通しているとは限りません。そのため、得意不得意の分野はしっかりと確認する必要があります。これに関して、近頃ではセカンドオピニオンのように、医療法を得意とする税理士がサポートする制度というものも耳にしますので、その制度をリサーチしてみることも有効ではないでしょうか。
また、開業医の場合は所得税はまったなし、(社会保険診療振込額―20万円)×10%で源泉徴収されます。超過累進税率で最高55%の税率で納税しなければなりません。一方、法人の場合、法人税は一律の税率で課税されるため、収入が多ければ医療法人のほうが有利と言えます。さらに法人の場合は所得税の源泉徴収はないので、その分が納税期までは手元に残り、資金繰りに余裕ができることになります。これもメリットと言えるでしょう。
デメリットのところで、「代表と言えども財産権がない」ということを挙げました。ただし、逆にお子さんに相続が発生しないという点では、将来的には相続税が掛からないという節税のメリットにもなり得ます。つまり、先生の年齢やクリニックの規模などによって、同じことがメリットともデメリットともなり得るのです。
だからこそ、医療法に精通した税理士に相談することが重要です。そして、税理士に相談する際には、将来的にクリニックをどのようにしたいのか、例えば、20年後にお子さんに継承させたいと思っているのか?なども伝える必要があるのではないでしょうか。

法人化には専門家のサポートを活用

メリット4の医業の永続性の確保についても少し説明をすれば、個人開業医の場合、土地や建物、備品などの事業用資産の所有権は院長に帰属することになります。すると、クリニックをお子さん、あるいは他のどなたかに継承する場合、個々の財産ごとに所有権移転しなければならないため、とても手続きが煩雑になります。仮に円滑な承継ができないことになれば、クリニックの永続性にも重大な懸念が生じることになります。これに比べて、医療法人の場合は、クリニックの行政上の許認可や事業用財産の所有権はすべて法人に属するため、事業継承は経営者の変更という登記上の手続きと都道府県への届け出のみで済みます。
こういった点も含め、「これからのクリニックをどうしたいか?」ということをじっくり考えることが一番大事なことなのかもしれません。

⇒次回は「29. 院長の想いの伝え方」
※2018年に執筆したコラムに加筆修正をしたものです。

開業医コミュニティM.A.Fではクリニック経営についての情報発信、セミナー開催など行っております。最新のM.A.Fからの情報を得るために無料のメールマガジンにご登録ください。