■医療業界はブルーオーシャン
私は子どものころから読書好きでした。
それ故、開業を考えた時、開業医の経営に関する書物はないかと多くの書店を回りました。しかし驚いたことに、医者が開業するに当たって参考となるような専門書はほとんどありませんでした。なぜかと言えば、今の医療業界はブルーオーシャンだからだと思います。
ブルーオーシャンとは、経済用語で「競合相手のいない未開拓市場」のこと。このブルーオーシャンを切り拓くことがビジネスの成功に繋がると説いたのは、INSEAD(欧州経営大学院)教授のW・チャン・キムとレネ・モボルニュです。
医療業界は大きく発展できる可能性を秘めているにも関わらず、ブルーオーシャンであるが故にそのことに甘んじて、経営について積極的に考えているドクターが少ない――ということを意図しているのだと思います。そのことについても後々触れますが、ここではまず、ブルーオーシャンだからこその悩み、
「医者が開業するに当たって学ぶべき材料に乏しい」ということに焦点を当ててみたいと思います。
■歯科クリニックに学ぶ
同じ医療でも歯科は事情が異なります。
今の世の中、ちょっと歩けばすぐに見つかるコンビニですが、全国には約55,000店舗あると言われています。これに対して、歯科クリニックは何と約68,000軒もあります。街を歩いてコンビニを見つけるよりも、歯科クリニックを見つける方がはるかにたやすいわけです。
多大な設備投資をしたのにもかかわらず、年収が300万円ほどにしかならない歯科クリニックもあるということがメディアで取り沙汰されました。歯科業界は、ブルーオーシャンに対してレッドオーシャン(血で血を洗う競争激しい社会)にあるのです。そのため、歯科クリニックの経営に関する書籍はたくさん出版されています。
そこで、書店巡りをしていた私は、歯科クリニック開業に関するノウハウの書籍を手にしました。歯科も医療の一つ、共通するものがあるに違いないと思ったのです。
また開業直前、当時フリーター状態だった私は、「今のうちに学べるものは学ぼう」と思っていました。よって、医師が主催する経営セミナーなどドクター向けのセミナーを探していたのですが、見つけることができませんでした。
そんな時、ネット検索をしていてふと気になったのが歯科医師によるセミナーでした。
医科も歯科も医療を提供するという上では同じで、顧客は患者さんです。
何か得るものがあるだろうと参加して出会ったのが、講師をされたヨリタ歯科クリニックの院長・寄田先生です。
そのセミナーで私が聞いたこと・見たことは、私の今までの医療に対する既成概念を打ち破るものでした。それは今でこそ多く見られるようになりましたが、当時では珍しい「予防医療」という概念でした。
歯医者へは、歯が痛くなったら、虫歯になったら、歯がグラグラしたら行く――という今までの概念ではありません。定期的にチェックをして治療をしなくても済むようにしようという予防医療を患者さんに浸透させるために、寄田先生は様々な取り組みを行っておられました。
例えば、院内にカウンセリングルームを設置され、予防のためのカウンセリングや説明を行って患者さんに納得いただいた上で、定期的に通院していただくような仕組みを作られていました。
それまでの私は、患者さんは病気になって体調が悪い時に来院されるという前提で自分のクリニックを設計していたので、目から鱗の講義内容だったのです。早速、設計していたクリニックの図面にカウンセリングルームを入れるよう設計士さんに依頼しました。しかし、設計士さんからは作ってもあまり利用されないのではとのアドアイスを頂きました。それでも、寄田先生のセミナーで大いに刺激を受けた私は、カウンセリングルームを設置してもらいました。ドクターばかりでなくコメディカルによるカウンセリングも患者さんの満足度を高めるのではとの考えもあったのです。
設計士さんの予想を裏切って、現在カウンセリングルームは十二分に活用されています。
この出会いがきっかけとなって、先生のセミナーへの参加は回数を重ねています。
スタッフも一緒に10人以上の大勢でセミナーに参加したこともありますし、先生のクリニックを見学する機会もいただいて、今でも交流いただいています。
■美容院に学ぶ
私が異業種から学んだことはこれだけではありません。
他の業界から学ぶことはたくさんあると確信していた私は、2014年夏、職員の院外研修として、スタッフ総出で北九州のBAGZY(バグジー)という美容院を訪問しました。
美容院の軒数は歯科クリニックよりもさらに多く、全国には約23万軒もあるそうです。そのような過当競争社会で成功され、接客という点ではクリニックにも繋がるBAGZYさんの経営術には学ぶことがあるに違いない、と研修先として選んだわけです。
BAGZYの社長・久保さんにお会いして一番強く感じたことは、仕事に対する強い想いです。
一言で言えば「人を活かす経営」、つまり具体的には、スタッフを人として大切にしてその個性を重視し、その人らしく職場の中で生き生きと輝いてもらうことです。
そうなることで、顧客や地域の皆さまに愛される美容院になったのです。もちろんスタッフからも高い評価を得ています。
BAGZYさんから私のクリニックに頂いたアイデアはたくさんあります。その中でも強く心を惹かれ、すぐに採り入れたのは「両親からの手紙」です。新規で入ってくるスタッフには、本人に内緒でコッソリとご両親に手紙の執筆を依頼し、入社式後の合宿で先輩スタッフに代読してもらうというものです。手塩にかけて育てたわが子が初めて社会に出る時のご両親の想いを手紙にしたためていただき、その深い愛を受け取ったスタッフは、ご両親に深く感謝します。また、自分がこれまでに受けた恩を社会に返すという気持ちになってくれると確信しています。
この「両親からの手紙」を私が採用した一番の理由は、スタッフ一人ひとりが仕事に対して有り難さを感じるとともに、今こうして元気で仕事に就ける有り難さを真剣に受け止めて今後に活かして欲しいからです。私のクリニックのミッションである「医療を通して日本を明るくする」を実現するための人材には、そういった心構えを持ってもらいたいと考えたのです。
ですから、小手先だけで行っているわけではありません。
「なぜこのクリニックで両親からの手紙を実行するのか」を真剣に考えた上で、その想いをどのようにスタッフに刷り込んでいくのかまでを想定して準備をしています。両親からの手紙の朗読を聞くと、私自身も身が引き締まる思いですし、自然と涙が頬に伝わります。
それぞれ文面は異なっても、両親の子どもへの熱い想いに共感した時、そこに会する全員が一体化していくのを感じます。
私たちが今こうして健康に働ける、その礎を築いてくださったご両親からのメッセージを聞くことで、当たり前の毎日は当然に当たり前ではないことに感謝し、他人に対してもっと優しくなれるのだと思います。
医療以外の業界からでも積極的に学ばせていただく。医療には直接関係ないことでも良いアイデアは頂く。
そういった行動はこれからも続けていきたいと考えています。どの業界でも少子高齢化や人口減少という社会環境からの影響は同じなのに、成果においては圧倒的な差異があるのは事実です。それは各個の努力の差であると考えます。
これからの社会環境の変化に適応するためにも、どの業界にも見習うべきことはたくさんあります。
次回は「5.異業種からの学び②」です。
※2017年に執筆開始をしたコラムに加筆修正をしたものです。
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