66. 飲みにケーション

 皆さんは「ラポール」という言葉をご存知ですか?
「ラポール」とは、もともとは臨床心理学用語で、セラピストとクライアントの信頼関係のことで、お互いに信頼し合い、安心して自由に振るまったり、感情の交流を行える関係が成立している状態を表わします。転じて現在では、上司と部下、クリニックなら院長とスタッフの信頼関係が築けていることを「ラポールが形成されている」というように使われています。

 クリニックを開業すると、勤務医時代には考えもしなかったようなさまざまな問題を抱えることになりますが、その中で最も多くて、早急の対処が望まれる問題が「スタッフ」に関した諸問題です。例えば、せっかく採用したスタッフがすぐ辞めてしまうとか、院長の診療に対するやり方を思うように理解してくれないとか、患者さんからスタッフに対する不満の声が聞こえてくるとか……。

 経験豊富なスタッフなら経験豊富であるがゆえに、新人スタッフなら新人であるがゆえに、院長とは少なからず軋轢が生じる可能性が高いです。一方、クリニック運営の肝はスタッフの質にかかっていると言っても過言でないくらい、患者さんによいクリニックとして支持してもらうには、信頼できて安心して任せられるスタッフが欠かせません。

 私は、今までもお話ししてきたように、まず第一はクリニックの理念を明確に打ち出して、それを理解し得るスタッフを採用して理念を浸透させ、それに従って行動できるよう教育することが必須だと考えていますが、これは、開業して今日明日にできることではありません。

 

 そこで、最初はとにかくお互いを知り、何でも話し合える関係を作り、時間をかけてラポールを築いていくことが大切だと思うのです。そこで、最初はクリニックや院長の理念を深く理解してもらえてなくても、「院長が言うのだからそうに違いないから従います」というレベルには、早急にしなくてはなりません。そのためには、まずはお互いを知ることが第一歩です。自分を知ってもらうには、自分が相手を知ることが大切、スタッフに上に上がってもらう前に、時に自分が下に下りることも必要かと思います。

そんな時、威力を発揮するのが「飲み会」です。世間には、昔から親睦を図るには飲み会という発想がありましたが、自分も上に立つ身となってまったくその通りと実感しています。

 一方で自分の時間を大切にしているという私でもあるので、義理で参加するような無駄な飲み会はできる限りお断りしているのですが、年に数回のスタッフとの飲みにケーションは、スタッフとのラポールを形成する作戦として重要と考えています。とはいえ、実は飲んでいると作戦というような考えはどこかに飛んで、グダグダになって言いたいことを言って共感し合っているような感じもあるようですが、そのような素の自分をスタッフに見せることが、信頼関係を築くよいきっかけになっているのではないかと感じます。いつも、偉そうに指示ばかりしているけれど、自分たちと同じように悩み、同じように失敗している人だったと分かってもらえるだけで、安心感を与えると言いますか、身近な人物に感じてもらえるのです。

 また、スタッフもお酒が入ることで本音を吐き出してくれることがあります。私の経験ですが、家庭で悩みを抱えていることを話してくれたり(家庭の事情に都合よい働き方を提案することも可能です)、普段ニコニコと私の指示に従って働いてくれていたスタッフが、実はもう少し自分なりに改善した方法で作業したかったと分かったこともあります。これも、自分が失敗談や自分の弱み、到らなさをさらけ出し、皆と同様に悩んでいると話したから、そして、お酒という魔法があったから出てきたことなのかもしれません。今では、飲み会での話で一緒に歴史検定を受けたり、一緒にマラソンに参加する約束をしたり、同じレベルで競うことができるようになるなど、同じチームメンバーとして、好ましい繋がりもできています。

 

 とはいえ、開業間もなく飲み会の余裕もないクリニック、お母さんが多くて夜は参加できないスタッフがいるクリニック、そんな場合はランチ会を開くのもよい方法と思います。その時も、どうぞ、院長自ら下に下りてください。とかく、開業して精一杯院長として頑張っていると、スタッフには上から目線、患者さんや業者さんにはバカにされないようにと必要以上に肩に力が入っているものです。人間味を出すことが、スタッフとのラポールを形成するコツかもしれません。診療、医療では厳しく、onとoffの切り替えをしっかり示すことが信頼を得ることに繋がるでしょう。